IPSJ情報処理カタログ #ジョーショリ

STORY

秩序と無秩序の間にあるアルゴリズム建築ってなんだ?
不自然な都市から自然と一体化した都市へ

REPORT

皆さんは「建築」というと何を思い浮かべるでしょうか。四角い箱が立ち並ぶビル群でしょうか?それとも私達が普段住んでいるマンションや一軒家でしょうか?あるいは東京オリンピックで使われる新国立競技場のようなものかもしれません。

しかし、それらはあくまで、人に都合がいいように作られた人工的な建物にすぎません。世界に目を転じると、これらの建築は過去のものであり、現在は“自然と調和する建築”が主流となりつつあります。そして、これらの建築物を造るにはコンピュータが必須となります。それはなぜでしょうか?『アルゴリズムによるネットワーク型の建築』を提唱する建築家の柄沢祐輔氏に、その理由についてインタビューしました。

柄沢 祐輔

柄沢 祐輔(からさわ・ゆうすけ)

建築家、柄沢祐輔建築設計事務所主宰。1976年東京都生まれ。
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科建築・都市デザインコース修了。
文化庁派遣芸術家在外研修制度にてMVRDV(オランダ)在籍、坂茂建築設計勤務を経て、2006年に柄沢祐輔建築設計事務所設立。『10+1』48号「アルゴリズム的思考と建築」特集(INAX出版、2007年)では責任編集を務めるなど、情報論的、あるいはアルゴリズム的な思考を軸とした建築・都市空間の探求を行なっている。2011年英国D&AD賞Spatial Design部門受賞。主な展覧会に「日本の家 1945年以降の建築と暮し」(MAXXI国立21世紀美術館、バービカン・センター、東京国立近代美術館、2016-2017)、「Japan-ness. Architecture and urbanism in Japan since 1945」(ポンピドゥー・センター・メス、2017-2018)など。s-houseの模型はフランス国立ポンピドゥー・センターの所蔵コレクションとして収蔵されている。

アルゴリズムと建築の関係

中国瀋陽市の「瀋陽市方城地区計画」

─ まずは今やっていることを教えてください。

柄沢 祐輔(以下、柄沢) 僕が今取り組んでいるのは『アルゴリズムによるネットワーク型の建築』です。今はこのような状況なので、海外にはなかなかいけませんが、それまでは主に海外で建築を進めていました。

たとえば中国瀋陽市の「瀋陽市方城地区計画」では地下導線にフィボナッチ級数を組み込んだり、フィリピン・ネグロス島の「バンタヤンパークセンター」では「渦」の概念と「編み込み」というアイデアで建築を作ったり、日本ですが、埼玉の大宮にある「s-house」ではスモールワールド・ネットワークという概念から建築を生み出しています。

  • 埼玉県大宮「s-house」

  • フィリピン・ネグロス島
    「バンタヤンパークセンター」

─ すみません、初っぱなから意味がわからない言葉がたくさん出てきたのですが……。まずはアルゴリズムと建築の関係から教えてもらえますか?

フィボナッチ数列(Wikipediaより)

柄 沢 そうですね、アルゴリズムそのものを説明するのは難しいですが、僕がやっている「アルゴリズム建築」のアルゴリズムについて説明しますね。

まず、大まかですが、今主流となっている建築は、デカルト座標の上に直線や曲線を引いて建てている、いわゆる「人工物」としての建物がほとんどです。みなさんが住んでいる家も然り、働いているビルも然り。しかしこれは人間が勝手に作り出したモノなので、非常に不自然な建物になっています。

一方自然界には、ある一定の法則が存在することが知られています。有名なところでは、「渦」「枝分かれ」「フィボナッチ数列」などです。中でも、ひまわりの種がフィボナッチ数列で並んでいることは知られているところだと思います。

自然界のありとあらゆる生き物は、その法則性をもちながら、一方で「多様性」を持ち合わせています。

─ たしかに。多様性がないと全部同じ生き物になってしまいますからね。

柄 沢 ええ。その多様性という無秩序(カオス)と秩序のちょうど狭間にあるのが「カオスの縁」と呼ばれている部分です。ここをコンピュータで計算して出すことで、一件無秩序であるように見えて、実はもっとも自然と調和した建築物が構築されると私は考えています。

「カオスの縁」とコンピュータ

─ 「カオスの縁」……それはどのように導き出されるのでしょうか?

柄 沢 たとえば、セル・オートマトンの「ライフゲーム」って知っていますか。イギリスの数学者であるジョン・ホートン・コンウェイ氏が考案した生命の「誕生」「進化」「淘汰」などのプロセスを簡易的なモデルで再現したシミュレーションゲームです。ルールとしては、死んでいるセルに隣接する生きたセルがちょうど3つなら次の世代が誕生し、生きているセルに隣接する生きたセルが2つか3つならそのまま生存し、隣接する生きたセルが1つ以下あるいは隣接する生きたセルが4つ以上ならば死滅する、というものです。

このライフゲームには4つの変数領域があって。クラス1の変数を当てはめるとひたすら同じものが続きます。クラス2だと、時々ランダムなのですが、最終的には単純なものになっていきます。クラス3がカオスで、不定期で複雑な状況が生まれるわけです。ところがクラス4は単純と複雑なものが交互に現われたり消えたりするのです。これがいわゆる“カオスの縁”です。

このような「カオスの縁」に近い状態を、建築のあり方として生み出すことができないかと日々試行しています。

─ なるほど。なんとなく「カオスの縁」や「フィボナッチ級数」については理解したのですが、それが建築と結びつくと、具体的にはどのようになるのでしょうか。

柄 沢 たとえばこちらの「中心が移動し続ける都市」を見てください。これはNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で発表された都市計画のインスタレーションですが、こちらにもフィボナッチ級数が組み込まれています。そうすることで、よく見るとわかりますが、中心に行けば行くほど街が小さくなり、またそこへ向かうにも決して直線で向かうことができない都市になっています。

これはつまり、郊外にはマンハッタンのような大きなビルが建ち並び、中心に行けば行くほど、いわゆる小さな集落のようになっていくことを意味します。これはたとえば日本でも、平安時代から城を中心に碁盤の目状に町を造っていった、いわゆる現在までの「都市」とは大きく異なります。こうすることによって、あたかも集落のような豊かな都市空間を、人工の都市空間でありながらも生み出すことができるのではないかと考えています。

「中心が移動し続ける都市」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])

また、先ほど紹介した中国瀋陽市の「瀋陽市方城地区計画」にも「フィボナッチ級数」が組み込まれており、こちらも既存の碁盤の目のような地下道とはまったく違うものになっています。

これらを人びとが歩くとき、直線で行けないので、一見不合理のような感じもしますが、たとえば自然の中で山を登ろうとしたとき、直線で進むことは少ないでしょう。それと同じように、この不合理さが、いわゆる自然と調和する、ということでもあるのです。

─ なるほど。なんとなく理解はしました。ところでそのような建築物は、なぜ今まで生まれなかったのでしょうか。

柄 沢 やはり一番は計算するコンピュータの性能がここに来て飛躍的にアップしたことが挙げられますね。たとえばフィボナッチ数列などは中世の時代からあったものですが、それを建築に生かすには、圧倒的に計算能力が足りなかったんですね。でも、ここ数年のコンピュータの飛躍的な性能アップがそれを可能にしたわけです。

「スモールワールド・ネットワーク」と建築の関係

─ なるほど。ところで、もうひとつのキーワード、「スモールワールド・ネットワーク」と建築の関係についても教えてもらえますか?

柄 沢 そうですね、スモールワールドについて詳しく説明すると紙面が足りないので簡単に説明すると、社会心理学者スタンレー・ミルグラムが1967年に行った実験で、米国の国民から2人ずつの組を無作為に抽出して、その2人がつながっているとき、その間には平均すると6人の知り合いを介していることを求めたものです。「6次の隔たり」として有名ですね。

この実験の是非はともかく、全世界という大きな枠の中で、皆が6人でつながるという小さなコミュニティがあることを発見したわけですね。これがスモールワールド現象です。

このスモールワールドに対して、コーネル大学のダンカン・ワッツとスティーブン・ストロガッツの2人の物理学者が、1998年にネットワーク理論からスモールワールド現象を説明しようとしたんです。

これについては下の図式を見てもらったほうがわかりやすいかもしれません。一つの円(ループ)の上に、点(ノード)をおいて点同士をつなぐ(リンクする)と、基本的には緊密に一定の間隔でつながっているものの、部分的に遠くの点ともつながる(ショートカット)、いわゆるイレギュラーなことも起きます。一定の規則でつながることを「秩序」と考え、遠くの点としかつながっていないをランダム、いわゆる「無秩序」とみなしたとき、その間の数値をパラメータで動かすと、ある箇所で、その「秩序」と「無秩序」が同居するところが現れます。それが「スモールワールド・ネットワーク」である、と2人は結論づけました。そしてこれが、あらゆる生き物の中にも存在することを突き止めたわけです。

これって、先ほどの「カオスの縁」の話に似ていませんか? つまり「秩序」と「無秩序」の同居する場所、それが自然界である、ということです。

─ となると、それって建築ではどのように生かされているのですか?

柄 沢 たとえば先ほど紹介した、大宮の「s-house」、これって見てもらうとわかるのですが、隣の部屋について目の前に見えているのに、そこへ行くには大きく遠回りしなくてはなりません。これって先ほどの「スモールワールド・ネットワーク」における、「短い距離」と「長い距離」が同居している状態と言えるのではないでしょうか。

こちらの「バンタヤンパークセンター」もそうです。
隣の建物は近いのに、そこに行くには遠回りして行かなくてはいけない。これが、『アルゴリズムによるネットワーク型の建築』です。

『アルゴリズムによるネットワーク型の建築』が目指すところ

─ なるほど。なんとなくわかったような気がします。そうするとこの『アルゴリズムによるネットワーク型の建築』は、最終的にどこを目指すのでしょうか?

柄 沢 やはり、最初にお話ししたとおり、今までの建物や都市は、人工的に作られたため、非常に不自然でした。そのような建物を建てれば、自然災害などに弱い建物ができるのは当然です。

そうではなく、自然界にあるものと同じ法則で建物や都市が造れれば、私たちは自然と調和し、共に生きていくことが可能になるのではないでしょうか。これこそ、Sustainable(持続可能な)都市や街作りにつながると考えています。そのとき、都市は豊かな自然の生態系のようなものになるのではないでしょうか。

コンピュータの進化により、それができる時代になっているのです。

─ ありがとうございました。

著書

柄沢祐輔 アルゴリズムによるネットワーク型の建築をめざして

出版社 : LIXIL出版 (2021/2/10)
発売日 : 2021/2/10
言語 : 英語, 日本語
単行本(ソフトカバー) : 164ページ
ISBN-10 : 4864800502
ISBN-13 : 978-4864800501

[資料提供]
『s-house』:撮影・鳥村鋼一
『中心が移動し続ける都市』:撮影・木奥恵三 提供・NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
その他の写真及び図版:柄沢祐輔建築設計事務所

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