IPSJ情報処理カタログ #ジョーショリ

STORY

2Dアニメの世界標準制作ツールはどうやって作られたか
Live2Dが支える未来のコミュニケーション

INTERVIEW

魅力的なキャラクターのイラストが動くスマートフォン向けゲーム。画面の向こうでまるで生きているかのように振る舞うバーチャルYouTuber。

近年さまざまなところで目にする「動くイラスト」を支えているのがLive2Dという制作ツールです。Live2Dの登場で、魅力的なイラストを使ったアニメーション制作が容易になり、スマートフォンやPCなど、プラットフォームの垣根を超えてさまざまな分野のサービスで使われる世界標準の制作ツールになっています。

2Dのイラストに変形や関節の設定をすることで
簡単に動画用のモデルを作成することができる。

このLive2Dは「世界に通用するプロダクト、一つの分野を開拓するようなプロダクトをつくりたい」という一人のエンジニアの思いから始まりました。今回はLive2Dの開発者、株式会社Live2D代表の中城哲也さんにお話しをお聞きしました。

中城 哲也

株式会社Live2D
代表取締役:中城 哲也

2006年に創業し、PC向け2Dアニメーションソフトウェア「Live2D」を開発。 現在は定期的なソフトウェアのアップデート行いながら全編にLive2Dを使用した長編アニメーション映画制作を目指す。
また、2018年よりLive2Dのマーケットプレイス「nizima」のサービス運営もスタート。

2Dの逆境をテクノロジーの進化で救う。
ブルー・オーシャンの作り方

─ Live2Dは現在、世界的なアプリ開発会社の多くで採用されていますが、中城さんはどのような経緯でLive2Dを開発されたんですか?

中城 哲也 氏(以下、中城) 創業した2006年当時は、3Dの進化がどんどん加速していました。そのためゲームの中で使われるのは3Dモデルが中心で、イラストはパッケージや設定画などだけ、と徐々に2Dの活躍の場が減っていく気配がありました。

ただ、自分自身で漫画を描こうとしていた経験もあったので、2Dならではの良さを進化させられるツールがあったらほしい、と思ったんですね。そこでゲームなどのパッケージやメインビジュアルの絵をそのままのクォリティで動かせる。絵を描く楽しさを活かしながら映像を作れるようなツールを目指してLive2Dを作りました。

─ 当時、需要は高かったんですか?

中 城 いえ、最初から順風満帆というわけではありませんでした。創業当時の2D-CGの動画はシンプルな絵柄の物が多く、「リッチなイラストでもそのまま動かせる」というLive2Dの良さが伝わらなかったんです。世間のお金の流れがWeb・SaaS等の開発会社に集中していたこともあって、3年目には潰れかけるところまで行きました。

シンプルな絵柄、立体表現の少ないアニメーションであれば、他のツールでも実現はしやすいため、Live2Dへの導入に繋げることが難しかったのかも知れない。

─ それは厳しいですね。そんな状態では、何をよりどころに耐えたのですか?

中 城 「『2Dも進化させなければいけない』という使命感は、正しいはず。自分自身でもほしいし、間違った進化ではないだろう」という確信がありました。潰れてしまったらそれまで続けていた進化が止まってしまいますから。

そうして耐えていたところ、2011年、あるコンシューマー機向けのゲームに採用されたのをきっかけに、スマートフォン向けに多くのアプリが立ち上っていく時期にうまく乗れて、なんとか事業をうまく継続できたんです。

現在はそこからVTuberの方々が動画制作に使うツールとして一般のユーザーにもメジャーになり、さらに新しい波に乗れました。

未来のコミュニケーションを支える2Dアニメと、クリエイターエコシステム

─ 現状VTuberでの利用という第二の波に直面しているとのことですが、どのような状況なのですか。

中 城 実は長編のアニメ制作向けにLive2Dを使えるようにして「Pixarのようにアカデミー賞を取るようなツールを作ろう」とブラッシュアップしていたのもあって、昨今のVTuberブームに対しての取り組みは少し遅れていたんです。にもかかわらず、ここ最近のVTuberブームで、国内外問わず大きく売上があがりました。

社内に長編アニメを制作できるクリエイターも所属しているLive2D。描画コストが高い絵でも自在に動かしている動画サンプルが多い。

─ どうしてそんなことが起こるんですか?

中 城 制作ツールのもつ特性ですね。Live2Dのような制作ツールは、使われた作品自身がLive2Dを宣伝してくれるんです。作りたい人、未来のユーザーが「この作品はどうやって作っているんだろう」と気にして自分で調べてくれますからね。

実際、Live2D的な表現のウケが悪いかと思って市場開拓を後回しにしていた欧米圏でさえ、英語を使うVTuberさんが注目されたタイミングで、一気に売上げが上がりました。

スマートフォンや通信速度、YouTubeプラットフォームの進化など環境の影響も大きいと思います。最近は3Dモデルの製作コストが下がったのもあって、3DでVTuber活動をスタートする方も増えているのですが、今度は逆に「凝った2Dのイラストを動かす」ということが成功者の証になってきているようで、また2Dの立ち位置が変わってきているようです。

─ たしかに憧れの有名イラストレーターさんにキャラを書いてもらって、そのキャラを動かせるなんてかなりのステータスでしょうね。

中 城 最近、ご自身がイラストレーターでもあり、ハイレベルなLive2DモデラーでもあるVTuberの方とビデオ会議をしたときの経験がものすごく印象的でした。

ご自身の声質にあった自作のキャラクターのイラストに加えて、繊細な表情や身振り手振りなどのモーション付けが完璧にチューニングされていて、いまこうやってビデオ会議で顔を見ながら話しているのと遜色ないぐらいのコミュニケーションができたんです。

遅延のなさや音質が完璧だったのもあって生身感がすごかったですね。笑っているのをみても、自分とのコミュニケーションでキャラクターを笑わせている実感があって不思議な感覚でした。

このクォリティのものを一般の方が気軽にできるようになるには時間がかかるとは思いますが、これが人と人とのコミュニケーションの手段として当たり前になる未来に思いを馳せることができて、すごくいい体験でしたね。

外部のハイレベルなクリエイター向けの表彰イベントなども多く、社内外のクリエイターとの交流から得られるヒントも開発に活かされているようだ。

─ 2Dと3D、今後はどちらのほうが進化していくのでしょうか。

中 城 3Dの魅力と2Dの魅力がそれぞれ進化していってほしいですね。我々がLive2Dを進化させていくことで、ナイフとハサミのように、「同じ目的の表現ができるけれどもどっちも使いやすく便利なもの」として2Dも3Dも映像表現として残り続けていくんじゃないでしょうか。

─ その魅力が発揮されるような未来としてはどんなものを考えていますか。

中 城 たとえば、技術が進化して「駅に張ってあるポスターのような薄型ディスプレイが町中にたくさんはられている未来」が来たとします。そこに映る、ほれぼれするようなクォリティの動画を作ってくれと言われたら、イラスト的な作り方をしたもののほうが向いている気がするんです。

またこれから先、Siriやアレクサなどが日常的にコミュニケーションするサービスになれば、キャラクターのビジュアルがついたりすることもあるでしょう。ずっと生活をともにするなら、ユーザーの好みを反映させたくなると思います。

ダイナミックに動く3Dが好きな人も、リッチな書き込みで繊細な表情の2Dが好きな人も、それぞれ別々に満足できるようにという要望がでそうですよね。Live2Dの技術を発展させていけば、そういったユーザーの要望に合わせて作っていきたいクリエイターさんを支援できるのではないかなと思います。

多くの企業で導入されている受付対応AIにもLive2Dが使われている。

─ クリエイター支援という意味では、クリエイターさんが作品を発表、販売するためのマーケットサイト、nizimaを作られていますよね。

中 城 「みんながLive2Dを使っているから自分も使う。」という状況を作るには、クリエイターさんが身につけた技術をお金に変えられる場や、使い方を学んだ学生さんが働ける場を探せる場、マーケットサイトをつくることが必要だと思ったんです。世界標準と言えるツールを目指すなら、戦略的に、ツールの機能を向上させるのと同じぐらい重要だと考えています。

─ Live2Dのビジネスにはシナリオがあるという印象を受けるのですが、どのようにシナリオを描いていくのでしょうか?

中 城 事業に必要なこととして「クリエイターに喜んでもらう」ことを考え続けていると必要な施策が見えてくるんです。

モデルの動作を確認できるビューアーや理想的なモーションをつけたサンプル動画の添付など、Live2Dモデルの魅力を訴求できる様々な機能が実装されたマーケットサイト「nizima」

クリエイターさんのエコシステムの構築なども、どこかで仕入れた知識なんだと思いますが、そういったものを蓄えて、考え続けて行くうちに自分の中にある知識や作ったシステム、技術などとうまくつながって行く形になるんです。

そうするには、いかに「考え続けること」ができるか。根気や体力も必要ですが、なにより「いかに自分のプロダクトを好きであるか」ということが問われてくるんですね。

「イノベーションは狙うもの」一流のエンジニアと起業家に通じる心構えとは

─ 「世界に通用するプロダクト、一つの分野を開拓するようなプロダクトをつくりたい」と思ってLive2Dを作ったとのことですが、そういうものを作りたいと考えている学生さんに向けてアドバイスのようなものはありますか?

中 城 Live2DはGoogleのようなビジネス規模になるタイプの事業ではないので、その私が言うのもなんなのですが、きっともっとすごい「新しい分野」を日本から開拓できる可能性は十分あると思うので、ぜひ若い人もねらっていってほしいですね。

─ とはいってもなかなか難しそうですが……。

中 城 ここ10年ぐらいで、GAFAMが完全に出揃って、ITの世界に大きな産業ができる余地が残されていないと思っていた人も多かったのではないかと思います。

ただ、実際は、UberやNetflixのような世界的なサービスがまだまだ出てきていますよね。すべての分野が開拓されているなんていうことはないので、まだまだ世界的なプロダクト、サービスは出てくる余地があると思うんですよ。

最近は「イノベーションは狙って起こすものじゃなくって、自然に起きる時は起きるものだ」というようなことを言っている人もいるんですけど、私の場合は逆に最初からイノベーションを狙う気満々で、ずっと考え続けた結果として今があると思っています。私の感覚では「イノベーションは狙った人ほど起こせる」と思うんです。

─ イノベーションを狙うというのはどういうことをするんですか?

中 城 普段から、何を見ても「これは理想形かな?」と考えるようにしています。思考って自由なようで、現状や現実的な制約に縛られてしまうんです。わたしは、本質だけを見極めて、その理想形を探り当てていった上で、いまできるのかどうか、みたいなことを考え続けるんです。

たとえば「マウスを百年後も使い続けるのか」とかですね。さすがに違う形になっているでしょうから、どうすべきか。今の限界に囚われない理想形を考えることは楽しくてやっていますね。そういう訓練を日頃から楽しみながらやっていると、事業・ビジネスの種が見つかっていくのではないでしょうか。

─ Live2Dは中城さんにとってそういうものだったんでしょうか。

中 城 はい。私は先ほど言ったような日常の訓練の中でビジネスの種やシナリオを何十個も考えていたなかでLive2Dがやっぱり自分で一番ほしいものだったし、成功したら一番大きそうだと思ったんです。

Live2DはGAFAMのようなビジネス規模になり得るものではないですけど、新しい文化とかマーケットとかクリエイターの可能性を広げたっていう意味では、自分でもすごいことをやっているんじゃないかなあと思っているんですよ。

─ これから先、社会の形が変わって、起業を考える学生さんはどんどん増えていくと思います。そういった方々が、「どうせやるならイノベーションを起こせるようなものを」と思ったときに参考になるようなお話をお聞きできたのではないでしょうか。ありがとうございました。

梅田 正人

記事を書いた人

梅田 正人

大手電機メーカーで生産技術系エンジニアとして勤務後、メディアアーティストのもとでのアシスタントワークやフリーランスのプロダクトデザイナー、コミュニティ運営のコンサルタントなどを経て独立。 コミュニケーションロボット「Pepper」の開発者むけ公式コミュニティの立ち上げ経験、ロボットスタートでのIoT分野のリサーチ経験、ものづくり系の知識などを活かし、コンサルティング、ライティング、ものづくりなど多分野で活動中。

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