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STORY

実物大ガンダムを「ガンダムらしく」動かすことを目指して

「動くガンダム」プロジェクトの裏側にはテクニカルディレクターが求める“機能美”があった

REPORT

横浜に突如現れた「動く実物大ガンダム」。これを動かすことの凄さや難しさ、おもしろさについて、「ガンダムGLOBAL CHALLENGE」通称「動くガンダムプロジェクト」のテクニカルディレクター、石井啓範氏(以下、石井)にインタビューしました。

横浜に新たなランドマーク

横浜の山下ふ頭と言えば、マリンタワーや山下公園、係留された古い客船。どこか懐かしい匂いを残すこの地区に、宇宙世紀のランドマークが加わりました。

アニメやSFに詳しくな人でもわかる、特徴的なカラーリングとフォルム。地球連邦軍のモビルスーツ。実物大の「動くガンダム」です。

建造中から国内外のさまざまなニュースに取り上げられており、2020年12月のオープン時にテレビなどでリアルに動く姿を目にして驚いた読者も多いはずです。

実物が動いている姿を目にすると、画面越しでは伝わらない迫力、魅力にさらに驚くことになるのですが、そこに関しては実際に見に行ってもらうことにして、この記事では、実物大ガンダムを動かすことの凄さや難しさ、おもしろさを石井氏に語ってもらいました。

石井 啓範

石井 啓範(いしい・あきのり)

小学生のときにガンプラブームを経験し、ガンダム開発を夢見る。早稲田大学/大学院在学中に等身大ヒューマノイドロボットWABIANの研究に従事。1999年に日立建機株式会社に入社し、双腕作業機アスタコ、四脚クローラ式移動機構をはじめとする建機ロボット化の研究開発に従事。2018年からGGCにテクニカルディレクターとして参加(専任)。

全高18m、約25t。実物大ガンダムを動かす幅広い技術とは

─ 今回のプロジェクトの凄さはどういった部分でしょうか。

石 井 実物大のガンダムを「ガンダムらしく」動かすことを実現したところです。動かすだけであれば、今回のガンダムよりも大きな重機もあります。ただ、ガンダムのサイズやデザインという制約のもとでアニメのように動かすというのは本当に難しいんです。

─ 仕様を見ると、18mと言ったら6階建てのビルぐらい。体重25t(トン)は大型の乗用車、SUVなどが1台2.5tなので10台分ですね。それをアニメのように動かす、というのはたしかに大変なことですね。

石 井 当然、この大きさのものが転倒するような事故は許されません。普段の雨風はもちろん、地震や台風もあります。そういったことを考慮しながら1年以上「ガンダムを動かす」ということですからね。それを実現したのはいろいろな技術の組み合わせです。

今回のガンダムには「最新技術」と呼ばれるようなものはあまり使っていませんが、信頼性のある成熟した技術を幅広い分野から集めて連携させ、「実物大のガンダムを動かす」というところに落とし込んでいるところに、おもしろさがあると思います。

─ 「枯れた技術の水平思考※」のようなものでしょうか。具体的にはどのような技術が使われていたのでしょうか。

※ いろいろな人がさまざまな場面で試すことで、「かつての最新技術」の用途の幅を広げ「成熟した既存技術」にしていったその先が、従来の使い方では考えられない用途につながること。ゲーム&ウォッチを開発した横井軍平氏の言葉として有名。

石 井 たとえばガンダムの後ろにある、GUNDAM-DOCKといわれている建物。観覧や整備に使われている部分はしっかりした基礎で固定された建造物です。そしてガンダムを支えて前後上下に移動させている140tの巨大な台車。Gキャリアと呼ばれている部分は重機ですね。Gキャリアで支えることで、地震や台風といったものにも耐えられる安定性を確保しています。

その先にガンダム本体があるわけですが、この部分は重機を参考にした鉄製フレームに産業用モーターや減速機を組合わせ高精度な動きができるようにした産業用のロボットに近いものです。そして、手の先端部分、ハンドはエンターテイメントロボット。つまり、遊園地や博物館などで使われている「演技をするロボット」の技術が使われています。

それらを連携して全高18m、約25tのガンダムに「モビルスーツらしい動き」をさせているわけです。

観覧部にいる観客との対比でわかるガンダムの大きさ。作動するとき以外はGUNDAM-DOCKでガッチリとGキャリアとガンダムの周囲を固めることで安全を確保している。

異業種コラボ、異能のスペシャリスト、偉大なコンテンツの力で果たしたブレイクスルー

─ ガンダムを動かすにあたってさまざまな技術を使う必要があることはわかりましたが、どのようにそれらを連動させていたのでしょうか。

石 井 ガンダムは顔の表情を変えることは出来ないので、指先の動きでさまざまな表現をしていくのですが、ああいう細やかな部分は、エンターテイメントロボットのノウハウが必要になってきます。また、メカや制御の連携だけでなく、動くガンダムを実現するためにはメカ設計とデザインの連携も重要なんですよ。

─ 制御とメカ設計の連携は想像しやすいのですが、デザインとの連携はなかなか想像しづらいですね。どういう部分なんでしょうか。

石 井 ガンダムのプラモデルを組み立てたことがある人だとわかると思うんですが、スラッとして脚が長く見えるでしょう。太ももの部分よりもスネを長くしていることによってそういう視覚効果が出てくるんです。ただ、それだと動かしたときに不自然になってしまうため、動くガンダムでは人間と同じように、太ももとスネの長さをほぼ1:1の関係にしています。

─ 足の部位の比率が変わると、モーションを作る際の逆運動学的な部分での難しさが変わってくるのでしょうか。

石 井 そうですね。歩いているモーションなどに難しさが出てきます。ただやはり「カッコいいフォルムのガンダムをカッコよく動かしたい」。そこで、なんとか「太ももとすねの関係を1:1としつつ、脚をカッコよく見せるためにはどうするのか」という工夫がデザインに対する要求になります。

具体的には、演出やデザインを担当してくださったクリエイティブディレクターの川原さんのアイデアで、膝のアーマーの先端部を上に伸ばすことで、スネの部分を長く見せるようにしてあります。

ガンダムのデザイン・大きさを実現する。という厳しい制約の中で実際に動かすために川原さんと一年ぐらいかけていろいろな部分を詰めていきました。

膝のアーマーの効果で長く見える足。その他にも土煙をあげて歩いているかのように上がるミストなど、随所に演出が光る

─ かっこいい動きをするためのアプローチがモーションづくりやリンクの位置などだけなく外装デザインへの要望にもなるんですね。たとえば、他にメカ側で工夫した点はありますか?

石 井 自由度配置もこだわっていて、可能な限り関節数を多くし、左右対称なシンメトリー構造としています。関節の位置や数を減らして「特定のポーズだけかっこよくみせる」という選択肢もあったのですが、不得意なポーズができてしまったりします。「モビルスーツっぽさ」の一つに工業製品らしい、汎用的なロボットのイメージもあるのであまり妙な関節のいれ方はしたくなかったんです。

他にも、膝を深く曲げるときに、どうしても外装が干渉してしまう角度、というのがあるのですが、そういう部分はカバーを分割してズラしてやる、というような工夫をしています。

そういうモーションをいれると内部のシリンダーやメカがチラッと見える、そのかっこよさは、モーションと機構とデザインのコンビネーションですね。

僕たちの中で「2009年にお台場に建てられた立像を超えたい」という目標がありました。「動くようになったけど、昔の立像よりかっこ悪くなった」みたいなことにはしたくなかったんです。

分割した外装は動かすための妥協ではなく新たな魅力につながっている

─ たしかに、お台場のガンダムは首が少し動くだけでしたが、非常に「動いている感」やかっこよさがありましたね。

石 井 あの大きさのものが動くことで生まれる迫力や感動はありますが、動かしたからそれでいい。というわけではありません。かっこよく動かすためにはどうすればいいのか。というのを今回のチームの中でイメージを共有しながら作っていかなくてはいけませんでした。

たとえば、さきほど違う種類のロボットを組み合わせている、というお話をしましたが、ガンダムを動かすためにはそれぞれ制御方式や構造が違っていても、協調して動かないといけない。Gキャリアは重機、本体は産業用ロボットのようなもので、それぞれ使っているモーターの種類が違います。

ガンダム本体はサーボモーターを使っているので精度が高い。0.02度ぐらいの精度で思った通りの動きができます。しかし、Gキャリアのモーターはインバーターで駆動しているため、パワーはあるけれどもガンダム本体に比べると動作精度はどうしても低くなってしまっています。

そこで、Gキャリアの動作精度で追いきれなかった部分に関しては、ガンダム本体が少しずつ姿勢を調整することで思ったポーズを取ることができる。このあたりは制御を担当したシステムディレクター、吉崎さんのスキルの賜物ですね。

ガンダム本体と背後から支えながら移動する巨大な台車「Gキャリア」(ガンダムの背部につながる黒く太い棒状の部分がGキャリアの支持部)Gキャリアと本体の動きが見事に調和することでさまざまなモーションが実現している

─ いろいろな会社の製品を連動して動かすところに制御や情報処理の技術が関わっているんですね。役割分担や各部を連動させるインタフェースの部分はどうしていたんですか。

石 井 開発の手法に関しては、ハンドと本体、本体とGキャリアなど、設計や役割分担をはっきりと分けています。当然、運動時、制御に必要な情報の連携などは綿密に行っているのですが、各部分で設計や機能を完結させること、切り分けを強く意識しています。

制御に必要な情報などに関しては、各サブシステムを担当する会社さんに、お互いに調整してやっていただくことになるのですが、物理的には可能な限り明確に分けています。

今回の開発ではさまざまな技術を持った異なる背景の会社さんが関わっているので、こうすることで、それぞれの得意分野に注力しつつ、ミスのないものづくりがしやすくなるんです。

─ 建造物、重機、産業用ロボット、エンターテイメントロボットなどに加えて、デザインや演出、コンテンツ制作など、今回のプロジェクトでは本当に関係者が多様です。そのように異なる背景、技術分野の人たちが連携する、イメージを合わせていくというのは、非常に難しいのではないでしょうか。

石 井 たしかに、納期やスペックに対する意識の違いなどもありましたね。ザクッと決めて作りながら考えていこう、というタイプと最初にかっちりと決めてしまおう、というタイプとか。そういう違いから生まれる大変なところもありましたが、どちらにもいい面はあり、そこに助けられた部分もありました。

イメージを合わせるという意味では、やはり「ガンダム」というコンテンツの力が大きかったですね。
「ガンダムを動かす」という共通のイメージが有るわけです。

そこのイメージさえあっていて、切り分けさえはっきりできていれば、各分野に関してはそれぞれ、本当にスペシャリストと言っていい会社さん同士なので、安心しておまかせできるわけです。

テクニカルディレクター石井啓範の育て方

─ ガンダムを動かすにあたって、さまざまなアプローチの選択や機能の切り分けを、各社の得意分野にきれいに当てはめていくのは大変な作業に思えます。石井さんがその能力をどのようにして身につけてきたのですか。

石 井 重機を作る会社で研究開発をやっていたのがひとつ大きなポイントになるでしょうね。以前勤めていた会社で、それこそロボットのように、2本の腕がついた双腕仕様機アスタコを作ったりしていたのですが、そういった経験がいきています。

重機の実験機って1台を一人二人とかで開発するんです。当然、構造設計もやるし、油圧もやるし制御もやるし、電気系もすべてやりました。

そういうふうに一通りやってみることで、すべてを俯瞰してどこをどのようにすると一番シンプルに実現できるかがわかってくる。

私は自分の一番の強みはバランス力だと思っていて、できるだけ客観性をもってあまり特定の技術や解法に入れ込まないように心がけています。

あらゆる選択肢がある中で特定の技術にこだわらず、バランスよく無理のない設計をしていくと、「機能美」のようなものが生まれてくるんですね。機械としての収まりのよさ、とでも言うんでしょうか。

─ 「石井さんの考える「機能美」はどのようなものなんでしょうか。

石 井 僕は機能美という言葉が好きで、「メカとしてすぐれている機械は必ず見た目に関してもバランスがいいはずで、それは美しく見える」というふうに思っています。

今回のガンダムも外装を外したときのフレームの見た感じのバランスはとてもこだわりました。そのようなバランスを実現させるための機能の割り振りには広範囲の技術的な知識が必要です。

また広範囲の技術を習得することが、今回のプロジェクトのマネジメントのような仕事をする能力にもつながっていると思います。

─ それにしても、少人数で重機を開発するというのも驚きですが、その素地はどこにあったんでしょうか。

石 井 学生時代の研究テーマがロボット開発だったんです。そのなかで構造設計や制御など、一通り身につけられた知識は仕事で活きました。

ただ、今回のプロジェクトに関してでいうと、やはり企業の中で身につけたものが大きいですね。会社というのは、必ずしも最新、最先端の技術を扱うことができるわけではありません。ただ、その技術を使いこなすためのノウハウの蓄積がすごいんです。

たとえば、学生時代にロボットを作るとなったら、ジュラルミンを削り出して作ったりします。でも、会社に入ってみると、大型の数十t、数百tを扱うような重機でも鉄でできていて、小型の機械であれば、その鉄板の厚みはわずか数mm程度だったりするわけです。

─ そういった既存素材や技術を扱うノウハウが今回の動くガンダムにつながったというわけですね。

石 井 そうです。実際今回のガンダム内部フレームのメインの板厚は数mm〜十数mmの鉄板でできています。力を受けてスムーズに伝達するよう形状を工夫することで、薄く軽量なフレームを実現しています。またあれだけの大きさのものを精密に溶接と機械加工により製作するには、長い歴史の中で加工技術を磨いてきた蓄積のある材料、鉄が一番いいと判断しました。

─ 自分が少人数で重機を設計しろといわれても、一度出来るようになってしまったら特定の技術ばかり使って手癖で作ってしまいそうな気がします。そこに陥らずに広い分野の知識を身につけるために何か気をつけていたことなどはあるのでしょうか。

石 井 仕事をするにあたって、ゴールに対して常によりよい方法、アプローチを試してみよう。というのは意識していましたね。1つの課題に関しても、常にさまざまなアプローチを模索するよう心がけていました。いろいろな分野の論文を読んだり、特許を見たり、違う分野で使われている技術でも使い方次第で自分の仕事に役立てることができるのではないか、と気にしながら、引き出しを増やしていました。

また、すでに選択されている方式や技術についても、そのまま使うのではなく、なぜそれが選ばれたのかを考えるようにしています。私はどちらかというと飽きっぽいので、次から次へといろいろな技術にチャレンジしていくほうが性に合っていたのあります。

そうして、広い技術分野に対して、実践で使えるくらいに身につけることができると、全体を俯瞰して、最適なアプローチで物事を解決する、ということができるようになってくると思います。

オープンイノベーション人材を育てる「ガンダムGLOBAL CHALLENGE」

ガンダムGLOBAL CHALLENGEは開発キーワードとして、

・さまざまな分野のテクニカルパートナーと連携する「技術チャレンジ」
・今ある技術で実現可能である「実現可能性」

などを挙げており、全体として、多分野が連携することで夢を実現可能な形に落とし込み、オープンイノベーションを生み出そうという意識を感じました。

最後に、石井さんがいままでの経験のなかで「学生時代にこんなことをやっておけばよかった」と思ったことはないですか、と質問したときの答えが印象的だったので紹介します。

「思い立ったら吉日、じゃないですが、必要だと思えばそのとき始めればいいと思っています」

今回のプロジェクトのキーマンとして挙げられ、さまざまな会社の人達が信頼したのは、この前向きさゆえである、という気がしました。

梅田 正人

記事を書いた人

梅田 正人

大手電機メーカーで生産技術系エンジニアとして勤務後、メディアアーティストのもとでのアシスタントワークやフリーランスのプロダクトデザイナー、コミュニティ運営のコンサルタントなどを経て独立。 コミュニケーションロボット「Pepper」の開発者むけ公式コミュニティの立ち上げ経験、ロボットスタートでのIoT分野のリサーチ経験、ものづくり系の知識などを活かし、コンサルティング、ライティング、ものづくりなど多分野で活動中。

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