IPSJ情報処理カタログ #ジョーショリ

STORY

“あつ森”“フォートナイト”にも広がる
『メタバース』の世界

メタバースを支える情報処理の技術とは

COLUMN

最近、ゲームの世界でも『メタバース』という言葉を聞くようになりました。それではその『メタバース』とは何なのでしょうか。ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏が解説しました。

メタバースってなに?

『メタバース』という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 言葉は聞いたことがなくても、メタバース体験を、たとえば『あつまれ どうぶつの森』(任天堂)や『フォートナイト』(Epic Games)などのデジタルゲームでしたことがあると思います。ゲームでなくても、渋谷そっくりのバーチャルな空間や過去にタイムスリップしたような世界を体験したことがあるでしょう。

Nintendo Switchの人気ゲーム「あつまれ どうぶつの森」

あるいは『初音ミク』(クリプトン・フューチャー・メディア)や『花譜』(KAMITSUBAKI STUDIO.)などのバーチャルアイドルのライブや、VTuberのように、仮想的なキャラクターを毎日観ているかもしれません。

バーチャルシンガー「花譜」1st ONE MAN LIVE「不可解」のライブビューイングがJOYSOUND直営店で実施された(©KAMITSUBAKI STUDIO.)

このような『メタバース』を支えるのが、情報処理技術です。現実では物理法則が担っている役割をコンピュータ上のバーチャル空間では情報処理技術が担っています。

現実の世界では、物事は常に動き続けています。物理や化学、生物で学んだように、この世界にはいろいろな法則があり、それに伴って世界は動き続けています。

それを最も基本的に解き明かすのが物理学の法則ですが、巨視的な現象に近づくほどさまざまな分野が重なり合います。経済、社会、建築などです。現実世界のそれらをコンピュータの中で再現しようとするのが「メタバース」(Metaverse)です。たくさんの人がバーチャルキャラクターになって動き回ることができる“バーチャル空間“です。このような空間をどう利用するか、ということが、これからの課題となります。

『メタバース』の開発は、データとプログラムによって“現実世界”を模倣しようとしているとも言えます。現実を模倣しようとすることを英語では『シミュレーション』と言います。つまり、メタバースの技術とはシミュレーションの技術なのです。

もちろん、メタバースは現実を完全に模倣することはできないのですが、真似をしたい部分に集中して再現しているのです。ある『メタバース』は、物理法則にのっとったものの挙動のシミュレーション、ある場合は経済活動のシミュレーション、ある場合は物の壊れ方のシミュレーション、ある場合は人の雑踏のシミュレーションなどです。

これらはそれぞれ名前がついていて、『物理シミュレーション』『経済シミュレーション』『破壊シミュレーション』『群衆シミュレーション』とよばれています。この『○○シミュレーション』という技術によって現実世界で起こるさまざまな現象をバーチャルな空間に再現できます。

サイエンス・エンジニアリングがシミュレーション技術によってメタバースへ橋渡しされ、情報処理の分野となるのです。このシミュレーションがどれだけ入っているかが、そのメタバースの高度さを測る指標となります。

図1 メタバースと情報処理

「メタバース」と「ゲーム空間」の違いとして、前者は特定の目的をもたない汎用的な空間であることに対して、後者は物語・ルールが厳密に組み込まれた世界だ、ということですが、両者は相互に移行可能です。

オンラインゲーム空間から物語・ルールを抜けばメタバースになりますし、メタバースに一時的にでも物語とルールを加えればゲーム空間になります。この2つを厳密に区別することはあまり意味がないので、ここではあまり区別しないことにします。

メタバースを動かす原理

ここでメタバースを動かす原理について説明します。ゲーム世界の中の草原を思い浮かべてみましょう。草原の草一本一本は、ポリゴンと呼ばれる三角形の集まりからできています。その草を揺らすためには風上の方向から力を与えて、また同じ力を逆方向からかけます。力をかけると、ポリゴンの頂点ひとつひとつの位置が変化します。そのことによって、草が風になびいているように見えるわけです。これをくり返すと風に揺れる草原ができあがります。止まっていた世界が動き出します。

では、そのような頂点の位置変化はどこで計算されているのでしょうか。それはコンピュータの中の、中央演算処理装置(CPU)やグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)で計算されています。その計算の仕方をどのように設定しているかといえば、開発者がプログラムで動かしています。つまり、プログラムがなければバーチャルの世界は一ミリたりとも動きません。

そしてもう一つ大切なのは『データ』です。一本一本の草はポリゴンのデータです。そのようなデータを誰が準備しているかといえば、アーティストが専用のツールで制作しています。つまり、アーティストによって作られたデータをメモリに置いて、プログラマーが書いたプログラムによって動かす(図2)。これが『メタバース』の原理です。

図2 メタバースの計算原理

芸術と技術のコラボレーションの場である、ということが『メタバース』のおもしろさです。

メタバースを作ろう

ここで、メタバースを作る会社の中を覗いてみましょう。そこではさまざまな人が『メタバース』を作るために働いています。

『メタバース』の中の草木や花、石、雲、キャラクター、町、建造物、小物など、ひとつひとつが3Dアーティストの手によって専用の3Dモデリングツールで製作されます。このモデリングツールは、70, 80年代までは工業製品をデザインするために開発されていましたが、次第に80, 90年代からは芸術作品を作るツールとして発展してきたものです。アーティストはこのツールでさまざまな芸術的オブジェクトを作り出して、メタバースの中に置いていくのです。

次に登場するのが、2Dアーティストです。木の表面やバーチャルアイドルの服の模様など、物の表面にはたくさんの模様(テクスチャ)が付いています。その模様がなければ、『メタバース』の世界はツルツルピカピカの世界に違いありません。2Dアーティストが専用のデザインツールでこの模様をひとつひとつ丹念に描いていきます。

これで見かけも豊かなバーチャル世界ができあがります。ここからがエンジニアの出番になります。アーティストたちが作ったデータをプログラムで動かしてはじめて、メタバース世界は躍動し始めます(図3)。

図3 メタバースの製作

そのときの動かし方は、現実の物理法則を真似ます。たとえば、空中でボールを離したとします。プログラムで指定しなければ、このボールは永遠に空中に浮かんだままです。物理法則を適用することによって、すべてのものは下に向かって加速していくことになります。

そのときに登場するのが高校で勉強する『力学』です。重力加速の法則が再現されるようにプログラムを書くのです。実はほとんどの場合、ゲームの中の物理法則は高校生までで習う物理法則で十分です。

現実とメタバースの階層性

化学で習うように、この世界の物質は原子でできています。メタバースの世界では、『原子』に相当するのが『情報』(データ)です。現実世界では原子の組み合わせでいろいろな分子ができ、分子の組み合わせでさまざまな物質ができます。
同じようにメタバースの世界では、情報の組み合わせによってさらに大きな情報ができ、さらにそれらの組み合わせによって情報体ができます(図4)。

図4 現実の階層、メタバースの階層

現実世界では物質のさまざまな物理的相互作用によって現象が起こりますが、メタバースの世界ではプログラムによってさまざまな情報体をインタラクションさせることでシミュレーションを行うのです。先ほどのグラフィクスの例で言えば、この情報体は『モデルデータ』ということになります。この情報と情報を組み合わる技術、情報とプログラムを組み合わせる技術を『情報処理』と言います。

『処理』というと、そこで何かが終わってしまうようなイメージがありますが、英語で言えば『インフォメーション・プロセッシング』、つまり情報の運動が連鎖していくことによって、より大きな情報のうねりを作っていくことが『情報処理』の本質なのです。

ではどんな大きなうねりを作り出すのか、世界の物理現象なのか、経済現象なのか、破壊現象なのか、群衆現象なのか、どんな現象でも情報処理を階層的に積み上げることによって作り出すことができるのです。

メタバースとプログラミング、情報処理

さて、このようなシミュレーションは作っていて本当に楽しいものです。仮想的な世界で物体が飛んだり跳ねたり揺らいだり、キャラクターが歩いたり走ったり戦ったり、雲が流れたり雨が降ったり。それらはすべてシミュレーション技術なのです。

では、このようなシミュレーション技術を作るためには何が必要でしょうか。それは『プログラムの基礎』と『科学的・数学的原理』の二つです。

プログラムの基礎は習い始めのころはしっくりこないことがあるかもしれません。「数字の順番を入れ替えたり、複雑な数値計算をしたり、いったいこんなことがなんの役に立つのだろう?」「ゲームがプログラムでできているって聞いたけれど、こんなことはちっともゲームを作っている感じがしないじゃないか」と考えて途中で投げ出したくなるかもしれません。

ところが、ある程度プログラムの力を付けた後で、自分の作りたいシミュレーション技術を制作するための数学的な知見をプログラムしてみると、コンピュータ上で自分の手によっていろいろな現象が再現されるのです(図5)。

図5 メタバース・プログラミングの道

ですからプログラムの勉強を始めたら、「自分の手で『どのようなシミュレーション』をしたいのか」を考えるとよいでしょう。雲が好きなら、さまざまな雲を作り出すシミュレーションを目指せばいいですし、水が好きなら風にそよぐ輝く水面のシミュレーションなどを目的とすればいいのです。

そうすると、これまで無味乾燥に思えていたプログラミング技術も数学も、自分の作りたいものの一部となっていることがわかるでしょう。

メタバースと人工知能

私は、人工知能を研究しています。知能というのもまた現象です。知能をもったキャラクターを、人間を模して再現することもメタバースに必要なことです。メタバースは人と人とが出会うだけでなく、人と人工知能が出会う場でもあるのです。

知能は人間の体や脳の中で起こっている現象です。この知的現象をコンピュータの中で再現すること、つまり知能のシミュレーションが『人工知能』です(図6)。

図6 人工知能のコンセプト

では、人間や動物の知能とはどのような現象なのでしょうか。実はそれはよくわかっていません。よくわからないので、実はいつも『人工知能』という領域は混乱しています。わからなければ再現できないはずですが、部分的にはわかっていることもあるのです

たとえば、我々人間は言語を使います。言語を使うのが知能だとみなせば、それは『自然言語処理』という分野になります。「いや、知能は概念を扱っているのだ。正義や政治、夢や希望のことだ」と考えることもできます。このような概念を扱う知能を『オントロジー』といいます。

さらに違う考えとして、知能は脳なので、脳の神経回路を再現すればいいと考えるのは『ニューラルネットワーク』です。

このように、知能という現象は多面的でつかみどころがないために、実にさまざまな人工知能が乱立しているというのが現状です。しかし、人工知能はとにかく作ってみることで同時に知能の本質に迫ろうとする学問です。シミュレーションから逆に実際の知能の挙動を捉える、ということもまた、あるのです。それが人工知能の醍醐味でもあります。

シミュレーション技術のおもしろいところは、真似だけで終わらないところです。現実を真似しようとするところに、実は現実そのものを探求するという逆転現象が起こるのです。つまり、真似していたつもりがその現象の原理を解き明かすということになります。

たとえば経済学では、いろいろなデータが取られます。株式や人口増加率、GDPなど、それらの変動曲線をシミュレーションによって再現しようとすることによって、実はそのシミュレーションの正しさが検証されることになります。

物理学でも同様です。複雑な現象を解き明かしたい場合には、まずデータを取り、そのデータを再現するようなシミュレーションを構築することによって、あるモデルの正しさが検証されるということがあります。

実は人工知能も同様です。人間や生物そっくりの人工知能を作ろうとすることによって、人間の知能の本質に迫ることができます。

スマートシティの中のミラーワールドとしてのメタバース

メタバースはこれまで、コンピュータの中で現実を再現しようとすることだと述べてきました。

実はこれは、少し古い考え方です。現在、最先端のメタバースは「現実空間とメタバース空間を同期する」方向に向かっています。たとえば『渋谷メタバース』という渋谷そっくりの空間を作り、そのメタバースを現実の渋谷と同期させるのです。

渋谷メタバース(渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト)

ここでいう「同期」とは、現実の渋谷で起こった現象がメタバースの渋谷でも起こる、あるいは逆に渋谷メタバースで起こった現象が現実の渋谷でも起こる、ということです。渋谷を歩いている人々、行き交う車の流れをメタバースで再現することを考えてみましょう。このようなシミュレーションは、渋谷の交通状況や人の流れを把握するために役立つことでしょう。

さらに渋谷のデパートの中などもメタバースで再現することを考えます。そこでは、実際に店舗で置かれている商品などがバーチャルモデリングによって並べられ、実際に購入できるようにします。すると、バーチャルな世界で購入したものを現実の世界で受け取ることができます。これは新しい『イーコマース』(電子商取引)の形となるでしょう。

現実世界と結びついたメタバースのことを『ミラーワールド』と言います(図7)。ミラーワールドをもつ都市は、人工知能が掌握しやすい都市となります。メタバースを通して人工知能は都市の現在の姿を把握でき、またメタバースに対して干渉することによって現実世界でも干渉できます。

図7 ミラーワールドとしてのメタバース

このような都市を管理する人工知能をもつ都市を『スマートシティ』と呼びます(図8)。スマートシティでは、人工知能は大局から局所までを人工知能の階層によって管理します。それぞれの階層に応じた解像度のメタバースがあり、このメタバースを通してそれぞれの階層の人工知能は認識とアクションを形成するのです。

図8 スマートシティ

人間の活動もまたメタバースを通してリアルな社会に影響を及ぼすことができます。渋谷でゴミ拾いのボランティアをするのはなかなか大変なことです。しかしメタバースでゴミ拾いをすることは、そこまで苦労しないでしょう。

メタバースで行った行為が現実ではロボットの挙動に反映されるなど、メタバースで起こした行動が現実世界にも反映されるということになれば、人の社会参加の新しい形を与えることになるのです。メタバースは現実を変えるツールでもあるのです。

三宅 陽一郎

記事を書いた人

三宅 陽一郎(正会員)

ゲームAI開発者。立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学客員教授、東京大学客員研究員。情報処理学会ゲーム情報学研究会運営委員、人工知能学会理事・シニア編集委員、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI 専門部会代表。著書に『ゲームAI技術入門』『人工知能の作り方』(技術評論社)など多数。

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