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STORY

「オンライン劇場ZA」で“日本発”のオンライン演劇を海外へ
「劇団ノーミーツ」が作り上げた新しい演劇の世界

REPORT

役者もスタッフも一度も会わずに劇を作ってしまう劇団がいるーー。そういって2020年に話題になった劇団があります。第24回文化庁メディア芸術祭でエンタテインメント部門優秀賞を受賞した「劇団ノーミーツ」。彼らはどのようにして劇を作り上げて行ったのでしょうか。その技術的な部分に注目して、オンライン劇場「ZA」の劇場支配人兼開発責任者・藤木良祐氏とテクニカルマネジャー・土田悠揮氏にお話しをうかがいました。

話を聞いた人
藤木良祐
オンライン劇場「ZA」の劇場支配人兼開発責任者として、プロダクト全体の統括と、UXデザインの部分を担当。
土田悠輝
オンライン劇場「ZA」のテクニカルマネジャー。劇団ノーミーツのバックエンドを一手に引き受けるバックエンドエンジニア。

あえて劇場を作ろうと思った理由

オンライン劇場「ZA」の
劇場支配人・藤木良祐氏

─ お二人がそもそも劇団ノーミーツと関わるきっかけとなったのはどこですか?

藤 木 僕がいちばん最初に劇団ノーミーツを観たのは、友人に誘われて観劇した、旗揚げ公演『門外不出モラトリアム』ですね。もちろんこの劇自体もおもしろかったのですが、もっとアップデートできるなと感じていました。そうしたら、ちょうどそのタイミングで声をかけられたので、そこでオンライン上での観劇というユーザー体験をもっとおもしろくしたいと思ってこの劇団にジョインしました。そして、そのノーミーツがやってきたこと、オンライン上での観劇をプロダクトの形にしたい、と思ってこのオンライン劇場「ZA」を立ち上げました。

オンライン劇場「ZA」の
テクニカルマネジャー・土田悠輝氏

土 田 僕は普段ITインフラに関する仕事をしているのですが、藤木とは昔からのつながりがあります。以前、中高生教育をしている会社でプログラミングを中高生に教えていたことがあって、そこで藤木と知り合いました。その付き合いがあったので、藤木がオンライン劇場「ZA」を立ち上げるときに、技術と演劇をかけ合わせて新しい観劇体験を実装できる人物として、僕が呼ばれました。僕は学生のころ、演劇サークルにも所属していたので、舞台のしくみはよく知っていたのもあって、役に立てるかもと思って参加しました。

藤 木 時期でいうと僕が劇団ノーミーツに入ったのが2020年の5月。土田が入ったのが9月。そしてオンライン劇場「ZA」ができたのが11月です。

─ ものすごくタイトですね(笑)

土 田 とんでもないスケジュール感で開発しました(笑)

─ ところで単に演劇をオンラインでやろうということだけではなく、あえて劇場を作ろうと思ったのはなぜでしょうか?

藤 木 先ほど話した『門外不出モラトリアム』では、単に映像を流すだけでなく、横にチャット欄が用意されていました。そこでは、「主人公がんばれー!」とか、リアルタイムに観客の声を拾うことができていて、これが新しい演劇体験につながるな、と思ったんです。

チャット欄が客席になることで、新しい演劇体験が可能に

それで、これをもっとアップデートできないかと思って、次の第二回公演『むこうのくに』では、技術を取り入れたらおもしろいことができるんじゃないかと、いろいろと実験してみたんです。たとえば、この演劇は、話の展開に合わせてスクリーン上の背景が変わったり、また、投票システムを使って、そのときの感情を投票してもらって、その結果が役者に影響を与えたりとか。

話の展開に合わせて画面のバックにある背景が変わる

これは一部なんですが、オンラインでしかできないことを突き詰めたい、と思ったときに、技術力をもっている人たちをたくさん集めて、ユーザー体験をすごいものにしていこう、チームを作ろう。ということで、オンライン劇場「ZA」を立ち上げた、という経緯です。

─ 土田さんは、この話を藤木さんから聞いたときは、どう思いましたか?

土 田 僕が最初に聞いたときは納期が2カ月くらいで、まずはウソやろ!?と(笑)。でも、実現できたらたしかにワクワクするだろうなと思いましたし、もちろん、最初に固めた仕様はあるんですけど、そこからドンドン発展していくような、発展性のあるものだなとも感じました。

オンライン観劇を盛り上げる舞台装置の開発

─ 技術的な話に入っていきたいのですが、たとえば登場人物に合わせてボタンやスタンプの種類や色を変えたりなどしていましたが、ああいったオンラインならではのモノは、技術的には大変ではないのですか?

土 田 まあユーザー側の画面を変えるのは、インターネットを使えば、WebSocketでなんとかなるなとエンジニア視点では思っています。こんなことが演劇でできるなんて、やっぱりインターネットはステキだな、と思いました(笑)。演劇でしかできないこととインターネットだからできることを融合させるとお互いの可能性を広げられるなと思っています。

藤 木 僕らがオンライン劇場「ZA」でやろうとしているのは「オンライン観劇を盛り上げる舞台装置の開発」です。たとえば第三回公演の『それでも笑えれば』では、ユーザー参加型の投票システムを作って、選択によって観る物語が変わるということにも挑戦しました。たとえば主人公が選択を迫られたとき、Aの選択肢を選んだ人にはAの物語が、Bを選んだ人にはBの物語が流れます。つまり、同じ時間、同じ劇場にいながら、選択肢によってまったく違う演劇を観ている人が同時に存在するわけです。

さらに、AとB、それぞれを観ている人のコメントをチャット欄の同じタイムラインに載せることで、お互い違う映像を見ていることに気づくという仕様にしました。

土 田 しかもA、Bそれぞれの物語を役者が生で演じているんです。2組の役者が2軸で同時に演技している。演劇的にも技術的にも挑戦的な作品だったと思います。

投票によって観ることができる物語が変わる

─ それはすごいですね。

藤 木 さらに、実は公演をやりながら、システムをどんどんアップデートしていっているんです。公演でのお客さんのリアクションを見て、この演出はあんまり伝わっていないんじゃないかとか、技術的に問題があれば、それをエンジニアが持ち帰って、翌日にはまた違う演出の技術ができあがっていたり。スプリント開発みたいなものをずっと毎日続けている感じです。

土 田 しかも、世の中のスプリント開発の周期よりメチャクチャ短いですね(笑)。エンジニアのみんなと一緒にアドレナリンを出して、よりよい作品にしたいと思いながら作っています。

マイクロサービスで開発してメリット

─ ところで、このオンライン劇場「ZA」の画面、基本は映像とチャットという構成ですが、これはフルスタック(1から10まで)で作られているんですか?

土 田 映像の部分はまだですね。現在はVimeoを使っています。ただ、この部分も後々は作っていきたいな、とは思っています。現在チャットの部分でストーリーに合わせてスタンプを変えたり、いろいろ新しいことができているので、映像の部分も自分たちで作れば、できることももっと増えると思います。

─ なるほど。ただ、フロントエンドはともかく、何万人の人が観たりすると、落ちたりするようなことはないんですか?

土 田 そのあたりはマネージドサービスでサーバレスの環境を構築していて、スケーラビリティを保っていることもあり、今のところは落ちていません。AWS AmplifyとNext.jsを組み合わせることにより簡単に可用性の高いマイクロサービスアーキテクチャを用いたサービスを作ることができています。

あと、マイクロサービスにしたことで、開発のスピードはメチャクチャ上がりましたね。この機能はこの人が担当して、と各々の担当に分けて開発して、最後にAPIでつなぐような、アジャイルな開発でドンドンまわせるので、開発のスピードをあげるところではマイクロサービスのよいところは出せたと思います。

投票によってインタラクティブに演技が変わる

劇団ノーミーツの技術スタッフ

─ たとえば映像がうまく配信できない、といったトラブルはありませんでしたか?

土 田 ありましたね、Vimeoにうまく配信できないとか。でも、そこからリカバリーする手段もしっかり用意しており、万が一配信がうまくいかなくともリカバリーできる仕組みが作り込まれているんです。

─ では映像が落ちるようなことはないですか?

土 田 そうですね、映像が落ちるとしたら、よっぽど大変なことが起きているときでしょうね。基本バックエンドは僕が一人で担当しているんですけど、AWS Amplifyはマネージドサービスなので、ネットワークなどの裏側の部分は自動でやってくれています。そして実は、フロントエンドの人がAWSを触れるようになってきたんですよ。基本的にはAPIを叩くとさまざまな設定ができるので、とくにインフラ側の詳しい知識がなくともAWS部分の設定を行えます。そういった意味で言うと、公演が進む度にドンドン僕の仕事が奪われていったというか。最初のアーキテクチャだけ僕が書いて。

─ たしかにこの前エンドロールを見たら、フロントエンドの方が多いな、と思いました。フロントエンドに力を入れているということですか?

土 田 そうですね、まあバックエンドは僕に任せるという藤木の狙いがあったんでしょうね。

藤 木 それを見越して声をかけたというのもあります(笑)。先ほど紹介した『むこうのくに』という公演でもスパイクが発生してアクセスできないことが多発してしまって、やはりそこは柔軟に対応できるインフラがほしいと思っていて、それに対応できる人は土田しかいないと思ったんです。

土 田 職業柄いろいろなスパイクを見てきましたからね。

─ 技術的な部分においてソフトエンジニアの部隊以外にどのようなメンバーがいるんですか?

藤 木 たとえば先ほど紹介した『それでも笑えれば』の公演では、実はドローンを飛ばしているんですよ。エンドロールなんですけど、これも生でやっていて、こういった特殊撮影ができる部隊がいたり。

ドローンを使ったリアルタイムの撮影

また、劇団ノーミーツのこれまでの公演は「一度も会わずに公演をする」がコンセプトなので、たとえば部屋の明るさをPhilips Hueで操作したり、画面の切り替わりに使うカメラの操作を遠隔で動かしたり、Raspberry Piで役者が弄れるコントローラを作ったり、ロボットアームで動かしたりなど、そういったハードウェアエンジニアも関わっています。

土 田 僕は会ったことがなくてもハードウェアを作れるこの部隊はすごいと思います。設置するときも会わずにやっているので、役者が出かけているときに鍵を預かって設置するようなこともしています。

カメラの遠隔操作

海外に日本発の演劇を届けたい

─ オンライン劇場「ZA」は今後どうしていきたいですか。

土 田 近いうちにやっていきたいことは海外展開です。個人的には日本の歌舞伎文化、特に独自の発展をしているスーパー歌舞伎などを世界に広げたいです。

藤 木 そうですね、このオンライン劇場「ZA」は、普通の劇場と違って、わざわざそこに行かないと観られないという制約もなければ、客席の上限もない。そうなると、日本の演劇を海外で観ることも可能になるわけです。基本的には日本の演劇は一部を除いて国内でしか観れないけど、それを広く海外に紹介することもできるし、日本発の演劇を海外の人にも観てもらえる。そうすれば日本の文化ももっと世界に広がると思うんですよね。その日本発のプラットフォームになればと思っています。

土 田 そのために、海外の法律の部分も含めて、今実装を進めているところです。あとは、今までの焼き直しではなくて、ドンドン新しいものを提供できる場にしていきたいです。すでに劇団ノーミーツのハードルは高いのですが(笑)、それを越えるようなものを生み出していきたいです。

***

演劇におけるいろいろな可能性を感じさせてくれる「劇団ノーミーツ」。その裏ではすご腕のエンジニアが多くのスタッフとともに支えているからなんですね。

そんな「劇団ノーミーツ」が、全国の学生たちがフルリモートで作り上げた演劇作品を上演する全国大会「全国学生オンライン演劇祭」を開催するために、クラウドファンディングを実施しています。今後の新しい劇の形を進めていくためにも、ぜひこちらもご覧ください。

https://camp-fire.jp/projects/view/357281

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