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STORY

なぜ人類は宇宙旅行を目指すのか

ジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、前澤友作……

COLUMN

今年の夏休みは宇宙港からロケットに乗り込み、無重力を体験したり月の裏側を眺めてくる……そんな小説やSFでしかあり得なかった話が、21世紀にはいよいよ現実のものとなりそうです。訓練を積んだ宇宙飛行士だけでなく、私たちのような一般人が楽しむ宇宙旅行とはどのようなものとなるのでしょうか。

ジャーナリストや大金持ちが体験した宇宙旅行

マーク・シャトルワース。世界で2人目の自腹で宇宙旅行した南アフリカ共和国の実業家

あまり知られていないかもしれませんが、実はすでに自費でロケットのシートを購入し、宇宙へと飛びだった幸運な人たちが少数ですが存在します。

1990年にはTBS記者の秋山豊寛さんが、特派員として旧ソビエト連邦の「ソユーズ」ロケットに搭乗し、宇宙ステーション「ミール」に9日間滞在しました。実はこれ、民間人として初めて商業宇宙旅行を実現した、記念すべき第一歩だったのです。また秋山さんは、初めて宇宙へと飛び立った日本人でもあります。

さらに2001年から2015年には、アメリカのスペースアドベンチャーズがロシア宇宙局と協力し、7人の起業家やゲームクリエーターをソユーズロケットにて宇宙へと送り込みました。彼らは国際宇宙ステーション(ISS)に短期間滞在するなど素晴らしい体験を楽しみましたが、そのプログラムへの参加費用は極めて高額で、一般人が参加する宇宙旅行には程遠いものでした。

分厚い大気圏の壁

米ヴァージン・ギャラクティックの「スペースシップツー」(Virgin Galactic)

さきほどの宇宙旅行は、これまで数多くの宇宙飛行士を打ち上げたソユーズという実績のあるロケットを使用したため、技術的にはそれほど難しいものではありませんでした。一方で、民間企業が運営する宇宙旅行は宇宙への到達方法を試行錯誤していました。

宇宙へと初めて到達した民間企業による有人宇宙飛行としては、米スケールド・コンポジッツが開発した「スペースシップワン」があります。

スペースシップワンは米Xプライズ財団が実施したコンテスト「アンサリ・エックスプライズ」に参加した宇宙船で、ロケットとは異なり機体に主翼を備え、滑空して空港へと降り立つことができる「スペースプレーン」に分類されます。

2004年に実施されたテスト飛行では、まずスペースシップワンは母艦となる航空機「ホワイトナイト」に係留され、高度15キロメートルまで輸送されました。そしてその高度からロケットエンジンを点火し、パイロットの操縦のもとで見事高度100キロメートルまで到達したのです。

このプロジェクトは米ヴァージン・ギャラクティックに引き継がれ、民間宇宙旅行の実現を目指す後継スペースシップ「スペースシップツー」の開発が進められます。しかし2014年、テスト飛行中に突如機体が分解し、墜落。パイロットのうち一人が死亡、もう一人が重傷を負うという、痛ましい事故が発生してしまいます。

しかしヴァージン・ギャラクティックは宇宙旅行を計画を諦めることなく、後継機の開発を続けます。

チケット販売が始まった宇宙旅行

「スペースシップツー」の航路(Wikipediaより:CC BY SA)

先述のヴァージン・ギャラクティックは、すでに宇宙旅行のチケットの販売を開始しています。これは、専用のパイロットと6名の旅行客をスペースシップツーに搭乗させ、高度100キロメートルの宇宙を目指すというものです。そして乗客は数分間に渡る無重力(微重力)を体験したり、漆黒の宇宙や丸い地球の水平線を眺めることができます。

ヴァージン・ギャラクティックの宇宙旅行のチケットは25万ドル(約2600万円)と高額ですが、すでに販売分は完売済み。さらに、追加のチケット販売も予定されています。またチケットの購入者にはジャスティン・ビーバーやレオナルド・ディカプリオなど著名人の名前もあげられています。

さらに先述のスペースシップツーは、2018年と2019年に実施したテスト飛行で高度80〜90キロメートルに到達するなど、順調に開発が進んでいます。現時点では初の商業飛行の日程は発表されていませんが、ヴァージン・ギャラクティックは民間宇宙旅行を初めて実現する企業の最有力候補といえるでしょう。

現実的なアプローチで攻めるアマゾン創業者

ニュー・シェパード(NASA)

その他にも、米アマゾンの創業者のジェフ・ベゾス氏が創業した米ブルー・オリジンも宇宙旅行の実現に近づいています。

ブルー・オリジンは2000年に創業された宇宙開発企業で、宇宙旅行や科学実験用のロケット「ブルー・シェパード」から大型ロケット「ニュー・グレン」「ニュー・アームストロング」、さらにはロケットエンジンの製造も手掛けています。

ニュー・シェパードは全長18メートルの小ぶりなロケットで、その先端には人が搭乗できるカプセルが搭載されています。そしてこのカプセルを高度100キロメートルの宇宙空間に投入することで、宇宙旅行を実現しようとしているのです。

また、ニュー・シェパードのロケットは打ち上げられた後、地上に近づくとエンジン噴射によってその落下速度を落とし、地上へと着陸。そして、再度打ち上げることができます。このようなシステムを取り入れることで、ロケットの複数回使用による打ち上げコストの削減と、高頻度な打ち上げを実現しようとしているのです。

ニュー・シェパードは2015年に高度100キロメートルの宇宙に到達し、その後も複数の機体を繰り替えし宇宙へと到達しています。また、2021年には、乗員カプセルの打ち上げにも成功。この乗員カプセルには大きなウィンドウが搭載されており、外の様子がよく見えるように工夫されています。

なおヴァージン・ギャラクティックとは異なり、ブルー・オリジンによる宇宙飛行はまだその価格は発表されていません。一方で、以前に同社はそのチケットが「数十万ドルになる」との見込みを伝えました。こちらも、かなり実現に近い宇宙旅行計画だといえるでしょう。

スペースXによる宇宙旅行

「ファルコン9」(スペースX)

今、民間宇宙開発の分野で最も注目されているのは、実業家のイーロン・マスク氏による米スペースXでしょう。電気自動車メーカーの米テスラも率いる同氏は、2002年にスペースXを創業しました。

スペースXはすでにISSへの貨物輸送ミッションから、最近はNASAの宇宙飛行士のISSへの輸送にも成功しました。そして同社のロケット「ファルコン9」は、宇宙旅行への利用も検討されています。

コラムの冒頭でご紹介したスペース・アドベンチャーズはスペースXと契約し、新たな宇宙旅行プランを提供すると発表しました。これはファルコン9とその上部に搭載される宇宙船「クルー・ドラゴン」を利用し、ISSよりも2〜3倍高い高度を5日間飛行し、地球に帰還するというものです。チケットの代金は発表されていませんが、恐らく5000万ドル(約58億円)以下になることが予測されています。

さらに宇宙開発企業のアクシアム・スペースも、ファルコン9を使ってISSへ3名の乗客を定期的に輸送する計画を発表しています。こちらでは乗客はISSにドッキングして少なくとも8日間滞在し、微重力や地球の眺めを楽しむことができます。
ただしアクシアム・スペースの宇宙旅行も、代金が5500万ドル(約58億円)と、極めて高価です。

民間人だけの宇宙旅行も実現

これまでご紹介した宇宙旅行は、どれもがプロのパイロットが宇宙船を操縦したり監視したりしながら、乗客を宇宙へと輸送するものでした。しかしファルコン9では、民間人だけが乗船する宇宙旅行も計画されています。

2021年9月に米実業家のジャレド・アイザックマン氏は自費にてロケットを契約し、3人の民間人とともに宇宙旅行計画「インスピレーション4」を実施すると発表。こちらの宇宙旅行でもファルコン9とクルー・ドラゴンが利用されます。

インスピレーション4ではケネディ宇宙センターから打ち上げられたクルー・ドラゴンが地球を数回周回し、数日間宇宙にとどまるというもの。その後、大気圏へと突入し大西洋に着水します。

注目すべきはそのメンバーで、まず一人目はセントジュード小児研究病院の従業員かつ、骨肉腫を克服した29歳のヘイリー・アルセノー氏に決まっています。また、アルセノー氏は義足を装着して初めて宇宙へと渡る宇宙飛行士になる予定です。

残る2人には、セントジュード小児病院に寄付した人によるオンラインコンテストの参加者と、アイザックマン氏が運営するオンライン決済システム「シフト4・ペイメンツ」にてビジネスを構築した実業家が選ばれます。

なおこのアイザックマン氏は民間人ではありますが、商用および軍用機の訓練済みパイロットとしての認定も保有しています。このことから、クルー・ドラゴンの操縦は安心して任せられるといえそうです。

始動した火星移住計画

スターシップ(想像図)

さらにマスク氏とスペースXは、火星に100万人が住める巨大なコロニーを建造し、そこに人類を移住させる計画を発表しています。

火星といえば、その平均気温はマイナス50°と極めて低く、また大気も二酸化酸素がほとんどという、人間が住むにはとても厳しい環境です。しかしマスク氏によれば、地球こそAI(人工知能)の暴走や新たな世界大戦の勃発など、人類の存続を脅かしかねない状況が予測されるとしています。そのため、地球人口の一部を火星に移住させることで、人類が生存し続ける確率を高めようというのです。

スペースXはこの途方もない計画のために、「スターシップ」という超巨大宇宙船の開発を進めています。これは100人の搭乗が可能かつ、低軌道に100トン以上の打ち上げが可能という、前例を見ない巨大宇宙船です。また宇宙船の下部に接続するブースター「スーパー・ヘヴィー」と組み合わせたときの全長は122メートルと、人類を月に送った「サターンV」よりも大きくなります。

このスターシップとスーパー・ヘビーは、どちらも単独での着陸機能を備え、また再利用が可能です。ですのでスターシップは地球や火星に降り立ったり、あるいはスーパー・ヘビーの助けによって大気圏を離脱し、その後はスターシップで宇宙での飛行を続ける…といった柔軟な運用が可能になります。

現在、スターシップのプロトタイプの飛行実験がアメリカで実施されています。またマスク氏によれば、スターシップによる初の有人火星探査は2024年〜2026年に実現できるとしています。ただし、宇宙船の開発には遅れがつきものですので、計画スケジュールが遅れる可能性は十分あります。

元ZOZOの前澤さんも宇宙へ

実に楽しみなことに、ZOZOTOWNを創業した前澤友作氏は、このスターシップを利用した宇宙旅行をスペースXと計画しています。

計画では、前澤氏を含む6〜8人のアーティストがスターシップに乗り込み、月を周回する宇宙旅行を予定しています。旅行期間は7日間ほどで、無重力を体験できるだけでなく、月の裏側を眺めたり月の縁から地球が昇る「地球の出」といった、珍しい光景も体験できるはずです。

前澤氏によれば、この計画ではアーティストが宇宙旅行からインスピレーションを受け、新たな作品作りに活かせることを期待しているそう。宇宙を体験したアーティストの作品は、まさに人類史上初のアートとなることでしょう。

宇宙経由の地球旅行?

さらに、スペースXはスターシップ「宇宙を経由する地球上の超高速移動手段」にも利用しようとしています。

これは、スターシップとスーパー・ヘヴィーを打ち上げ場から打ち上げ、時速2万70000kmという超高速で宇宙に到達する軌道で目的地まで一気に移動しようというもの。2018年の計画発表時には、東京ーニューヨーク間を40分弱で移動できるとアピールしていました。

ロケットによる移動と聞くとその費用が気になってしまいますが、マスク氏はロケットの再使用による経済性の高さから、「飛行機のエコノミークラス程度の運賃で運用できる」とアピールしています。

このように、民間企業のロケット開発の発達によって、さまざまな宇宙旅行の可能性が模索されています。私たちが海外に行くように宇宙へと飛び立つ日も、そう遠くはなさそうです。

塚本 直樹

記事を書いた人

塚本 直樹

フリージャーナリストとしてテクノロジーや宇宙分野で執筆中。
ラジオ出演やテレビでの解説協力も。

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